【宣言】3,000年先も残り続ける「作品」への挑戦


暗い照明が付いた慰安室で、
40代の女性が激しく涙を流し、
声を詰まらせながら言葉を発しました。

「なんでこの子が・・・」


僕が警察官をしていた頃、
14歳の女子中学生が朝の通学時間で、

大幅なスピード違反をしてきた車に轢かれて、
帰らぬ人になりました。


年間、交通死亡事故で、
亡くなる方は、
どれくらいだと思いますか?


その数、2,000人以上です。

年齢、性別問わず、
2,000人以上の方が、

”ある日、突然”

この世からいなくなっているのです。



慰安室で無惨な姿で娘さんと
再会したご遺族の姿を見た時に、

もし、明日、娘さんがいなくなると分かったら、どんな日を過ごしていたんだろう…

そんなことをふと思いました。



もし、僕だったら・・・

きっと、人生で一番最高の日になるように、

娘さんの笑っている顔や喜んでいる顔をよく見たり、

娘さんの雰囲気や空気をよく感じたり、

優しく安心感の溢れる声をよく聞いたり、

ぬくもりを感じるために手をギュッと握ったり、


そうやって、
1分1秒を大切に過ごしていたと思います。



・・・でも、
そんなこともさせてくれない残酷な現実。


大切な子供に

「生まれてきてくれてありがとう」

と伝えられない。

大切な人たちに

「出会ってくれてありがとう」

と伝えられない。

大切な家族に

「この家族に産んでくれてありがとう」

と伝えられない。


そうやって、自分の素直な気持ちすらも
伝えることができない。

なんて、残酷な世界なんだろうって、
感じました。


だから、伝えられる時に伝えないと、
一生後悔するなって。

「こんなことやりたいな〜」

って思った時に、

「他人からどう思われても、
 別にどうでもいい」

と思いながら、


自分の心の声に素直に従って、
怖くても飛び込んでいかないと、
一生後悔するなって。


もし、今日が最期だとしても
後悔のない1日に


僕はこれまで
色んなご遺体をたくさん見てきました。

遺体を見るたびに、

「この人は、どんな人生を歩んでいたんだろうか?」

「やり切った人生を送ったんだろうか?」

「後悔のない生涯になったんだろうか?」


次第に、この”問い”は、
自分への問いに変わりました。

せっかく、

この世に、
この時代に、
この日本に、

生まれてこれた。


どうせ、最後にはすべて失う。

だったら、

この世で授かった”時間”を、
魂を燃やした生き方をしてみたい。


いや、したい。

今日が最後だとしても、

自分が本当にやりたいことをやりたい。

自分の心に正直に生きたい。

自分の魂が本当に求めていることをやりたい。



時間とは、何か?



時間とは、
”寿命”そのものだと僕は感じました。

いま、この瞬間、
寿命の針は確実に進んでいく。


警察官はたしかに素晴らしい職業。

でも、僕が本当にやりたいことは、
もっと他にもあるのではないか?


僕は、そう思って、
8年間務めた警察官を辞めて、

自分の力で
人生を切り開く”覚悟”を決めました。



それから、2年後・・・


僕は、”この日”を
一生忘れたことがありません。

この日から、僕だからこそ出来ることを
全力でやってきました。


目の前にいる1人1人と、
僕なりに真剣に向き合ってきました。

・シングルマザー
・動画編集のフリーランス
・工場勤務の会社員
・美大生
・医学生

そんな色んな人たちと、
深く関わってきました。



悩み事があったら、
「二度と会えないかもしれない」
と思って、

どんなに遠くても、
どんなに忙しくても、

直接会いに行って、
何時間も話を聞いてあげたり、

伝えたりしてきました。


気持ちが晴れたり、
心が明るくなったり、
自分の進む道が見えてきたり、

「自分の言葉で目の前の人が
 少しでも良い方向に変わってくる」

その経験を通じて、

自分が本当にやりたいこと、
目指したいことが
少しずつ見えてきました。


それが、

文章を極めること

文章を極めるということは、

心を極めるということ。


だから、目指すのです。


僕はこれまで目の前に
亡くなっていく人たちを
多く見てきました。

自分が今こうして生かされているのであれば、

「自分が生きた証」

を残すような生き方をしたい。

そう思うようになりました。



それは、3,000年先も”東海林章”が
生き続けている未来に。

そのために、
文章を極めていくことを決意しました。



孔子の弟子が書いた「論語」は、
2,500年前に書いた本だそうです。

2,500年間も残り続けている文章。


じゃ、僕は、

「論語を超えてやる」
「孔子を超えてやる」

そう思っています。

3,000年の時を超えて、
残り続ける文章を書く。

そう強く思っています。


別に僕が書かなくても、
別に僕じゃなくてもいい。

でも、僕が書いた文章が誰か1人の心に響く。

それだけで、十分だなと思います。


もしかしたら、
その1人が孔子の弟子のように、

「論語」のような本を書いたり、

色んな人に伝えたり、

代わりに、
たくさんの人の人生を変えていったり、

世の中を良い方向に変えていったり、

そうやって、
遥か先の未来まで”想い“が届くように、

そんな文章を書きたい。



生きていれば、
辛いことも苦しいことも、

1人ではどうしてもできないことも
たくさんあります。


僕の人生は、
ずっと苦しい人生でした。

家族が毎日喧嘩していた幼少期

イジメられていた中学時代

自分の本音を言えないまま
過ごしていた高校時代

毎日、怒られ続けた公務員時代

もがき続けたフリーランス時代


・・・きっと、これから先も、

きっともっと苦しいことや辛いことが
待ち受けているかもしれません。

僕にとって、

これからもっと
未知の領域に進もうとするんですから。


でも、これも1つの物語だと思って、

たくさん悩んで、たくさん苦しんで、

ドロドロとした弱い自分も全部許して、

そうやって、
また少しずつ立ち向かっていきます。


何度も何度も乗り越えてきたから、
もう大丈夫。


そう思うと、

今までの過去は、
このストーリーを描くためにあったんだって


だから、今までの過去は、
けして無駄ではなかったと思っています。


今までの過去が、
今まで出会った人たちが、

そして、

これから待っている未来が
僕の背中を力強く押してくれる。


そう感じると、”覚悟”が決まりました。



世間の正しいとか、
間違っているとか、

そんなのどうでもいい。

世間の評価や目よりも、
ただ自分の魂の声に素直に従って、

目の前にいる大切な人が
いつまでも笑っていられる世界に。


この想いは、14歳の女子中学生が
亡くなった日からずっと変わりません。


そのために、目指すのです。

3,000年後も想い(文章)が
生き続けている未来に。